朝、駅でカバンの中の携帯を探したら無かった。
家に忘れてきたことを受け入れる時間なんてないのに、探って探ってギリギリになって慌ててキップを買い電車に乗った。
席に座って仕事の報告メールも打てない手持ちぶたさに、書きなぐったままのメモ帳があることを思い出し読んでみる。あまりに字が汚いので隣の人の視界が気になって顔の真ん前で最小限に開いて読んでみる。
そうしてると次の駅でドアが開いて、メモ帳を見てる視線越しにもわかる颯爽な感じの男性が入ってきた。なんか雰囲気のある人だなと思っていると自分の左隣に座った。
その方は水筒をサッと出して飲んだかと思うと、鞄にスッとしまうまでの所作がとてもスマートな感じだった。ウィルス対策か喉を潤すルーティンなのかなと勝手に想像してしまう。
そう思ってる間に、ハードカバーっぽい本をサッと開いてパラリとページをめくり始めた。
娘が「電車で本を読んでる大学生の男の人がすごく素敵だった。私も電車で小説を読む人になりたい!」と話していたことを、これですかと思い出した。
膝に置かれたカバンの上に本を置いて、パラリ、パラリとページをめくる音までキレイに聴こえてくる。そんなに顔と本が離れていても見えるんですね‥と思いながら、自分はメモ帳と顔がやけに近くて変なことを自覚した。
どんな人なのかな‥と窓に映る姿に期待して、手帳を少し下げて前の席に目をやると、トトロみたいなおじさんが片手で膝を掻きながら器用にスマホを打って座っていた。その隣には一点を見つめて、必死に扇子をふる湯婆婆っぽい雰囲気のおばさまが座っていて窓がよく見えない。この二人はお似合いだけど関係はなさそうだ。
そこから電車内の人間観察に興味を持ってグルっと見回すと、最終的に自分の右隣の
人も本を読む男性だったことにハタと気づく。
本を読んでるから素敵なんじゃなくて、素敵な人が本を読んでたから素敵なんだろうね、と帰ったら娘に話そうと思った。
携帯が見れないぶん視点が変わって、いつもの電車の時間を楽しめた気がした。
でも、携帯を忘れてみるのもいいなんて言わないよ絶対です。
2022.6.28 H.Kawamura